2005.03.14    ケータイは嫌い?   荒井 久
 
 
「僕は携帯電話が嫌いなんだ」。

フリージャーナリストのK氏は公衆電話から僕のケータイに電話をかけてくる。この時代、とっても珍しいことだ。電話帳か、もしくは手帳で僕のケータイ番号を調べて電話するのだろう。とっても面倒な上に、このところ街ではすっかり公衆電話を見かけなくなった。その大変さが手に取るように分かる。

ケータイに電話がかかるたびに「申し訳ないな」という想いがする。「不自由なのに。でもそれで通せるのだからうらやましいな」とも僕は思う。

K氏は性格申し分なし、取材力あり、原稿は上手いと3拍子揃っている。だから、ご自分の「美学」を通したいのだと思う。人間としての自立、プライバシー、責任を個人で守るし、他から犯されたくないという想いが強いようだ。「別に悪いことをしているわけでもない。逃げているわけでもない。だから、そんなに追いかけないでよ」という声が聞こえる気がする。

そういえばこのところ、ケータイやグループウエアが普及し、チームワークで効率的に仕事が推進されるようになってきた。その一方で、個人のプライバシーはなくなり、誰からも個人の行動全てが覗けるようになってきている。

確かに一見、効率アップは可能だろう。しかし、それぞれの個性が失われていきはしないか。個性が失われて、結局はいいことにならないのではないかと思うことが多くなった。3月8日に「コミュニティ力(りょく)」の話題を提供したが、このコミュニティでは、参加する面々が個性豊かでなくてはならないはずだ。

こう考えてくると、K氏に拍手を送りたくなってくる。こういう人がもっと出てこないと日本はだめになってしまうかも知れないとさえ思う。

だが、もしもK氏が会社員だったらどうだろうか。皆とチームプレーができないと閑職に追いやられてしまうのだろうか。もしかしたら今、企業がもっとも取り組まなければならないのは、これを踏まえた企業理念創りなのかも知れない。筆者は、個性こそが次の仕事、事業を開拓する源と考えるからだ。各々の個性を発揮しながらのチームプレーという道はないだろうか。

実は最近、ワイフから「あなたはケータイ依存症ね」と言われてしまった。電話のほかに頻繁にケータイにメールが入り、自宅でもレストランでもその都度、処理しているからだ。

それもそのはず。僕は会社の仕事用のPCに入る全てのメールをFOMAのケータイに転送している。便利この上ない。お陰でノートパソコンの携帯は不要になった。それで、どこかのうたい文句ではないが、365日、24時間フル稼働なのだ。

それがいいのか、悪いのか。少なくとも個性は失わないようにしようとは考えている。ただし、休むときはきちんと休まないといけない。かも。

 
   
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