2007.03.30    「偉人たちの歴史の上に」   荒井 久
 
 
天草での仕事を終えて、いくつか天草を知ることに。

天草にキリスト教が伝えられたのは1566年のこと。
その後の隆盛、コレジョ(大神学校)の建設。
そして長きに渡るキリスト教弾圧。
その後の隠れキリシタンの純粋さ。

島原・天草の乱(1637年―1638年)は、あまりにも悲しい。
若干16歳の天草四郎を大将とする一揆勢。
宗教弾圧と高い年貢に庶民は一揆となって立ち上がった。

だが、総勢12万人にも及ぶ幕府軍の総攻撃に、約3万7000人もの尊い命を落とす。
現在の天草市の人口が10万人弱だから、当時はまさにすべてが壊滅状態であっただろう。

幕府直轄・天領となるものの戦いはまだ続く。
初代次官となった鈴木重成は自らの切腹で年貢の半額を訴え、これを勝ち得る。

一方、1612年から長く続いた禁教令だが、ようやく明治になって禁制は解かれる。
天草には大江・崎津に天主堂が建設された。

昭和7年に建設された現在の大江天主堂。
フランスからやってきた宣教師ガルニエ神父が私財を投じて建設されたものだ。
ガルニエ神父は25歳で来日、この地で布教活動を始めた。
その後、80歳過ぎまで一生をこの地に捧げた。

以上は現地に見聞きした情報だ。
こうした偉人たちの歴史の上に、私たちの宗教の自由がある。生活がある。

 
        
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